自分の領域を意識する

 

よく人の影響を受けやすいという話を聞きます。

人混みに行くと疲れる、とかそういう話です。

 

どうも自他の境界が曖昧な人は、人の影響を受けやすいようです。

 

自分の領域がモヤっと広がっていて、他人の感情と重なりやすく、同調して影響を受けてしまう。

 

例えば、満員電車では人の感情のエネルギーがジャムのように重なり合っています。

そこで同調してしまうと、影響を受け放題になってしまいます。

 

影響を受けやすい方は、自分の領域を意識すると良いです。

それにより領域の広がりが抑えられ、影響を受けにくくなります。

 

たとえば、自分の周りに卵型の空間を意識して、その中を自分の領域と意識します。

形的にはバリアと同じですが、そこまで力を入れる必要はないです。ただ、領域、境界を意識する感じです。

 

それを日常から意識することで、少しずつ、人の影響を受けにくくなっていくかと思います。

 

 

上野国での旅行セミナー

 

1泊2日の旅行セミナーで、群馬に行っていました。

群馬なんですが、古き良き日本がテーマだったので、上野国(こうずけのくに)という位置付けでした。

 

縄文遺跡があり、古くから文化があったことがわかります。

 

そして、温泉旅館に泊まりました。古い建物が残っていて、木造の良さを感じました。

 

また温泉も古い木造で、自然の温もりを感じます。自然湧出で、かなり良い温泉でした。

泉質が良いからでしょうか?ずっと浸かっていても湯あたりしない温泉でした。

 

また個人的には初めての混浴のある温泉でした。山で野天風呂には入ったことがありましたが、ちゃんとした施設では初めてでした。

 

どうも日本では元々、天然の温泉が溜まった野湯に入っていたため、そもそも男湯・女湯という概念がなかったそうです。

なので、わざわざ「混浴」と呼ぶ方が不自然なようです。

 

自己成長的には、概念にとらわれない方が良いので、なるべくその感覚で入ってみました。

すると、男湯よりも自然な感じがしました。

 

実際には、男性しか入っていなかったのですが、男湯よりも縛られてなくて、良い空間になっているように感じました。

 

電車でいうと、女性専用車両でなく、普通の車両に乗っている感覚でしょうか?

確かにもし男性専用車両とかあったら、エネルギーは荒れてそう、、

 

そんなこともありつつ、良い温泉だったので、かなり浄化されたように思います。

 

また翌日には、新潟に移動し、ご飯を食べました。白米を目的としたランチでしたが、本当に美味しかったです。全然胃に負担がない、もちもちしたご飯。

現地で食べると、違うもんだと感じました。

 

必要な時期に、必要な場所に行くことで潜在意識を変化させる、という旅行なのですが、何らか抜けたように思います。

旅行前はこれからの変化への抵抗からか、全く何もできないくらいになっていたのですが、今はそれを抜けて動けるようになってきました。

 

旅行で感じた満たされた感覚を、これからに生かしていけたらと思います。

 

 

お笑い好き

 

中学2年生のとき、埼玉から、神戸に戻ってきて、なかなか馴染めませんでした。

なぜか丸刈りにされるし、みんな丸刈りだから同じ顔に見えるし、、

 

あとツッコミが、「しばくぞ」、とか「ダボか」、とか関西では普通のことなんですが、

慣れずに怖かったです。

 

よく芸能人が大阪に行って、トラウマになるという話がありますが、やたら距離感が近いんです。

神戸は大阪に比べると随分ドライなんですが、、

 

それでなかなか関西に慣れなかったのですが、慣れるきっかげになったのがお笑いでした。

 

当時、千原兄弟が大阪ですごい売れていて、ずっとテレビに出ていました。

それを殆ど見ていた高校時代でした。

 

もちろんダウンタウンや、さんま軍団も見ていましたが、メインは千原兄弟を中心とするメンバーでした。

 

今はみんな東京でも売れていて不思議な感じがします。

 

最近は、同年代の芸人にハマっています。

特に一つ下のオードリー若林さんは、近いものを感じてて、キン肉マンの話題とか懐かしいなって。

 

あと春日さんは、所沢出身で、僕も小学生の時と、社会人になってから住んでいたので、

小さい頃航空公園のフェスティバル行ったな〜とか懐かしくなってしまいます。

 

春日さんも、若林さんの親友の山里さんも結婚したし、厄年を超えて飛躍の年なのかな〜と思ったりしています。

 

 

新月・満月を意識する

 

今のカレンダーは、1年を12分割しただけなので、自然のリズムには合っていないように思います。

 

もちろん人の意識はそこで切り替わるので、集合意識的な変化はあると思います。

ただ惑星的な変化は、新月や満月を見た方が合っているように思います。

 

例えばスマホに月のカレンダーのアプリを入れておくと、意識しやすいと思います。

カレンダーに新月や満月の日が書いてある手帳にしておくのも、良いかと思います。

 

どうして意識すると良いかというと、どうも新月や満月のとき、内面的なあぶり出しがあるからです。

おそらくエネルギーが高まって、内面のあぶり出しが起きるのではないかと思われます。

 

月のカレンダーを見ておくと、予め心の準備をしておくことができます。

そのため、逆に内面の浄化のチャンスにすることもできます。

 

もし月を気にしていないという方がいましたら、一度新月や満月を意識してみてはいかがでしょうか?

 

 

大峯奥駈を振り返る

 

GWに奈良の大峯奥駈道を縦走登山してきました。

 

昨年のGWに南半分(和歌山〜奈良)、今年北半分(奈良)と、2年に分けて歩き終えました。

これまでも毎年縦走登山はしていたのですが、大峯奥駈のように本格的な修験の場所を歩くのは、昨年が初めてでした。

 

まず服装が違いました。半白衣や地下足袋、ひのき傘など、最低限の装備を揃えて行きました。

また山の中では、携帯の電源を切るようにしていました。

 

地下足袋は底が薄く、足の皮がむけて大変でした。

ある程度してから、歩き方のコツは掴みましたが、歩き方の誤魔化しが効かない、良く言えば修行になる履物と感じました。

 

また白装束を着ていると、全身が天然素材だからか、自然と繋がりやすい感じがありました。

と同時に、修験道の感覚とも繋がるような感覚もありました。

 

個人的には過去生で何度も修行していたようで、歩いていると過去の修行の感覚も重なってきて、なかなか普段の縦走登山のようには楽しめない感覚がありました。

ただなぜか、魂的な深い喜びも感じるようで、向き合う楽しさを感じられる縦走でした。

 

しかし昨年は結局、途中で雨が降ってしまい、途中下山しました。

 

 

ということで、今年はその続きからになりました。

 

吉野で前泊したのですが、その時点で抵抗が出過ぎて、あぶり出しが大変でした。

 

1日目は持経の宿を通過し、前鬼の宿坊まで歩きました。

あぶり出しが凄いので、ずっと感情を解消しながらでした。

 

2日目は弥山小屋まで歩きました。

途中道に迷って少し時間をロス。また最後に膝を痛めてしまいました。

 

しかし少しトラブルがある方が、感覚は目覚めてくるもので、どこか感覚を信じて歩いていけるような感覚が出てきました。

過去生では散々歩いてきた山だからか、どこか庭のような感じもしてきました。

 

そして3日目は、山上ヶ岳の宿坊まで歩きました。

膝を痛めて、下りが通常の1.5倍か2倍くらいかかるようになっていました。

 

変なペースなので、ほぼ一人で歩いていました。また膝が痛いので、丁寧に歩かざるを得ない状態でした。

 

何となく修験は本来一人で歩くもののように感じていたので、これは丁度良くて、一人で歩く喜びを感じられました。

自然の中で一人。その孤独感が感覚を研ぎ澄ましてくれたように思います。

 

そして最終日は吉野まで歩きました。ほぼ下りなので不安だったのですが、意外と淡々と歩けたように思います。

 

最後には、どこか過去生も重なったような達成感がありました。

そして、過去生の統合が進んだ感覚がありました。

 

個人的には苦行を卒業できたら、という思いを持って臨んだのですが、少し手放せたような気がしました。

 

その後、後泊してから、神戸の実家に行きました。

 

行く前は抵抗だらけでしたが、行った後はどこか感覚がフラットになっていて、色々なものが手放せたような感覚がありました。

いい意味で、全てがどうでもいいような、そんな感覚でした。

 

今はもう街の感覚になっていますが、フラットな感覚を経た上なので、どこか違うような感覚はあります。

 

自然の中を一人歩いていた感覚を、日常の中でも生かしていけたらと思います。

 

 

令和とクラシック

 

令和になって初日のこと、なぜかクラシックが聴きたくなりました。

 

と言っても、普段クラシックを聴く人ではないので、

とりあえず家にあったものを聴きました。

 

 

川谷絵音→ジェニーハイ→新垣隆

という繋がりから、新垣隆さんのCDを持っていたんです。

 

それで聴くとなんか心地良くて、

クラシックもいいなと思い始めました。

 

令和になって突然、なんでかなと思ったので、

考えてみました。

 

一つは、エネルギー(磁場)がスッキリしたこと。

 

二つ目は、令和の出典が万葉集ということで、

「あはれ」や「をかし」といった日本的な感性と共鳴しやすいエネルギーになったのかなと。

(単にスッキリしただけかもしれませんが、、)

 

もちろんクラシックは海外のものなんですけど、

繊細な感性がないとわからないような気がしてて、近いのかなと。

 

ちょうどSpotifyという音楽プレーヤーをダウンロードしたので、

少しづつクラシックも聴き始めています。

 

聴覚を鍛えつつ、

好みの音を探してみようと思います。